おはようございます、祐川です。
試合が終わった後、子どもと一緒に車に乗る。
体育館を出る時は、まだ少し汗が残っていて、シューズの音やボールの音も耳に残っている。親御さんも、子どもも、たぶん少し疲れている。
その時に、つい最初に出てしまう言葉があります。
「なんであそこで打たなかったの?」
「もっと走れたんじゃない?」
「今日は何点取ったの?」
もちろん、悪気があるわけではないと思います。むしろ、子どものことを本気で応援しているからこそ、言いたくなる。悔しいプレーがあったら、親も悔しい。頑張ってほしいから、つい改善点を言いたくなる。
でも最近、改めて思うんです。
帰りの車の最初の一言は、思っている以上に大きい。
僕は、責められた記憶がほとんどない
僕自身の話をすると、ミニバスを始めたのは小学校5年生くらいでした。
最初は本当に楽しくて、ただバスケットが好きでやっていました。
その時、親から自分のプレーについて厳しく言われた記憶が、ほとんどありません。
「あそこがダメだったね」
「なんであそこでミスしたの?」
「もっとこうしなさい」
そういうことを言われた記憶が、あまりないんです。
もちろん、親がバスケットをやっていたわけではなかったので、技術的なことは分からなかったのかもしれません。
でも、練習が終わった後も、試合が終わった後も、責められた記憶が本当に少ない。
覚えているのは、むしろ逆です。
「あれ、すごかったね」
「よく走ってたね」
「惜しかったね」
そういう、プラスの言葉の方が残っています。
「何点取ったの?」と聞かれた記憶も、あまりありません。
もしかしたら、実際には何か言われていたのかもしれません。でも、自分の中に強く残っているのは、責められた記憶ではなく、安心して帰れた感覚です。
高校生の時も、土日は遠い場所まで送ってもらうことがありました。
でも車の中で、プレーについて細かく言われることはほとんどなかった。僕自身も、そんなにたくさん話すタイプではなかったので、車内がずっと盛り上がっていたわけではありません。
ただ、居心地が悪くなかった。
いや、もっと正確に言うと、安心できたんだと思います。
ミスをした時も、負けた時も、うまくいかなかった時も、すぐに何かを言われるわけではない。
だから、自分の中で考える時間がありました。
「もっとああした方が良かったな」
「次はこうしてみよう」
「あの場面は逃げたな」
そうやって、自分で振り返る余白があった。
今振り返ると、それは僕がバスケットを長く好きでいられた大きな理由の一つだったのかもしれません。
もしあの帰り道で、毎回いろいろ言われていたら。
もしミスのたびに、すぐに評価されていたら。
もしかしたら、僕はもっと早くバスケットを嫌いになっていたかもしれない。
だからこそ、今、保護者の方と話す時に思うんです。
子どもが自分で考えるためには、大人がすぐに言いすぎない時間も必要なんじゃないか、と。
まだ、感情が整理されていない
試合や練習が終わった直後の子どもは、大人が思っているほど冷静ではありません。
良かったプレーも覚えている。
でも、ミスした場面も覚えている。
本当は打ちたかったけど打てなかった場面、パスを迷った場面、守れなかった場面、仲間に迷惑をかけたかもしれないと思った場面。
そういうものが、まだ頭と心の中でぐちゃぐちゃしている。
そこで最初に「反省」を求められると、子どもによっては、自分を守るために黙ってしまうことがあります。
やる気がないからではなく、聞いていないからでもなく、まだ言葉にできないだけかもしれない。
これは前回話した「沈黙」のテーマともつながります。ただ、今日は子どもの沈黙ではなく、その沈黙が生まれる前の大人の一言について考えたいんです。
親も、実は不安になっている
ここからは僕の意見です。
試合後に親御さんの言葉が強くなる時、そこには子どもへの怒りだけではなく、親御さん自身の不安もあると思っています。
このままで大丈夫かな。
周りの子に置いていかれないかな。
せっかく時間もお金もかけているのに、成長しているのかな。
もっと本気でやってほしい。
その気持ちは、すごく自然です。僕も指導者として、子どもたちにもっと伸びてほしいと思うし、保護者の方が真剣だからこそ出てくる言葉もたくさん見てきました。
だから、親御さんを責めたいわけではありません。
ただ、親の不安をそのまま子どもにぶつけると、子どもは「次にどうすればいいか」より先に、「また言われたくない」に意識が向いてしまうことがあります。
挑戦のための言葉が、挑戦を避ける理由になってしまう。
ここが、すごく難しいところです。
安心は、考える力を奪わない
ここで一つ、誤解されたくないことがあります。
僕は、親が何も言わなければいいと言いたいわけではありません。
全部を褒めればいい、とも思っていません。
子どもが本気でやっていない時には、伝えなければいけないこともあります。
でも、毎回の帰り道で、すぐにプレーの反省会が始まる必要はないと思っています。
子どもには、自分で考える時間が必要です。
自分で悔しがる時間。
自分で気づく時間。
自分で次を決める時間。
その前に大人が全部言ってしまうと、子どもは自分で考える前に「また言われた」と感じてしまうことがあります。
僕自身、親から細かく言われなかったからこそ、自分の中でプレーを振り返る時間がありました。
そして、その時間があったから、自分から取り組む感覚が育ったのかもしれません。
バセドウ病、怪我、チーム解散、会社員生活、スポーツ起業。
その後の人生でも、思うようにいかない時は何度もありました。
その時も、正論だけを言われても動けなかったことがあります。
「もっと頑張ればいい」
「考え方を変えればいい」
「前向きにやればいい」
もちろん、それは間違っていない。
でも、本当にしんどい時は、正論よりも先に、今の自分を見てもらえることの方が大きかった。
「大丈夫か?」
「今日はきつかったな」
「でも、あの場面はよく逃げなかったな」
そういう言葉があると、人は少しだけ戻ってこられる。
反省は大事です。改善も大事です。でも、その前に、子どもがもう一度ボールを持てる状態に戻ることが大事です。
最初の一言を、少しだけ変える
では、試合後や練習後に何を言えばいいのか。
僕は、完璧な正解はないと思っています。
ただ、最初の一言を少しだけ変えることはできます。
「今日はどうだった?」
「疲れた?」
「悔しかった場面あった?」
「楽しかったところ、一つある?」
「あの場面、挑戦してたね」
最初から評価しない。
最初から原因を詰めない。
まず、子どもが自分の感情を出せる余白をつくる。
そのうえで、少し落ち着いてから振り返ればいい。
「じゃあ次、何を一つやってみる?」
これくらいでいいと思うんです。
大人が全部答えを渡すのではなく、子どもが自分で次の一歩を選べるようにする。
それが、挑戦を続ける力につながっていくと思っています。
結果より前に、心の温度を見る
僕はレジリエンスカウンセラーとして学んできた中でも、立ち直る力は「強い言葉」で無理やり作るものではないと感じています。
人は、安心できる場所があるから、もう一度挑戦できる。
安心というのは、甘やかしではありません。
ミスをなかったことにすることでもありません。
ちゃんと悔しさを受け止めて、そのうえで次に進める状態をつくることです。
帰りの車は、ただの移動時間ではありません。
子どもがその日の挑戦を、自分の中でどう意味づけるかが決まる時間でもあります。
「また言われる時間」になるのか。
「もう一回やってみようと思える時間」になるのか。
その差は、もしかしたら最初の一言から始まるのかもしれません。
もし今日、練習や試合の帰り道で子どもと話す時間があるなら、ぜひ最初の一言だけ意識してみてください。
何点取ったか。
勝ったか負けたか。
できたかできなかったか。
その前に、
「今日はどんな気持ちだった?」
ここから始めてみる。
それだけで、子どもが自分の挑戦を少し違う目で見られるかもしれません。
子どもの挑戦を支える声かけや、試合後の関わり方については、公式LINE「スケガワ|バスケ成長サポート」でも少しずつ届けていきます。
一人で悩まず、一緒に考えていきましょう。
One Step Resilience #005
結果を聞く前に、心の温度を見にいく。
最後まで聴いていただき、ありがとうございました。
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