おはようございます、祐川です。
今日は、保護者の方からいちばん相談される言葉の話をします。「うちの子が、もうやめたいって言うんです」。
バスケに限らず、習い事をやっている家庭なら、一度はぶつかる場面だと思います。
この言葉を聞いた時、親はだいたい、すごく焦ります。ここまで送り迎えして、月謝も払って、本人も「やりたい」と言って始めたのに。今やめたら、もったいない。逃げ癖がつくんじゃないか。続ける子になってほしいのに——。頭の中で、いろんな声がぐるぐる回ります。
そして、つい口から出てしまう。「えっ、なんで?」「もうちょっと頑張ってみたら?」って。
今日は、その「やめたい」と言われた時に、僕がまず「やめた」ことの話です。
僕も、二人の娘の親です
その前に、少し自分の話をさせてください。
僕には、娘が二人います。上が小学二年生、下はまだ一歳です。上の子は、ダンスとそろばんを習っていて、それに加えて、僕がやっているバスケットボールのスクールにも少し通っています。家には犬も二匹いて、トイプードルとポメラニアン。毎日、かなりにぎやかです。
何が言いたいかというと、僕はこの「やめたい」問題を、コーチとしてだけじゃなく、一人の親としても抱えている、ということです。
習い事を掛け持ちしていると、親っていつも、どこかで不安なんですよね。ちょっと疲れた顔を見せると、「多すぎるかな」「無理させてないかな」「ある日いきなり、やめたいって言い出さないかな」と、勝手に心配になる。
だから、保護者の方が相談に来てくれた時の、あの胸のざわつき。あれは、僕自身のものでもあるんです。だから、軽々しく「続けさせましょう」とも「やめさせましょう」とも言えません。その上で、今日の話を読んでもらえたら嬉しいです。
僕がまず「やめた」こと
結論から言うと、僕がまずやめたのは、「すぐに説得すること」です。
「やめたい」と言われた瞬間に、「頑張れ」「もったいない」「せっかくここまで」と説得を始める。これを、やめました。
なぜか。「やめたい」というのは、結論じゃないからです。
ほとんどの場合、それは結論じゃなくて、信号なんです。何かがうまくいっていない、というサイン。それなのに、出てきた言葉だけを打ち消そうとすると、奥にある本当の理由に永遠にたどり着けない。それどころか、子どもは「この人には言っても無駄だ」と思って、口を閉じてしまう。
だから僕は、まず説得をやめて、聞くことにしました。「そっか。やめたいんだ。どのへんがしんどい?」って。
「やめたい」の奥を、分解する
「やめたい」の奥には、だいたい、いくつかの違う理由が隠れています。これを、ごちゃ混ぜにしないで、分けてあげるのが大事です。
ひとつ目は、「疲れている」。練習や試合、学校、他の習い事。単純にキャパシティを超えている。これは“嫌い”じゃなくて“多すぎ”です。
うちも、上の子がダンス、そろばん、バスケと動いているので、これは本当に人ごとじゃありません。実は、それに加えて運動教室にも通っていた時期があるのですが、どう見ても多すぎた。本人もいっぱいいっぱいになっていて、家で話して、運動教室は一度やめました。
これは僕の中では「逃げ」じゃなくて「整理」でした。全部を中途半端に続けるより、多すぎる分を一度手放して、好きなものにちゃんと向き合えるようにする。子どもの「やめたい」が、実は「ちょっと休みたい」「多すぎる」なだけのことは、本当によくあるんです。
それに正直に言えば、これは子どもの体力だけの問題でもありません。送り迎えの問題も、大きい。うちは妻も働いていて、夕方の遅い時間はなかなか動けない。だから、送りは僕が行って、スクールの終わりに間に合わなければ迎えは妻。下の子の保育園の送りも僕の担当で、毎日、夫婦でパズルのようにやりくりしています。習い事を続けられるかどうかは、子どものやる気だけじゃなく、家族みんなで回せる量かどうか、でもあるんですよね。だから僕は、多すぎる分を整理することを、後ろめたく思わなくていいと思っています。
ふたつ目は、「比べられてつらい」。周りができて、自分だけできない。怒られるのが怖い。これは比較の問題です。
みっつ目は、「人間関係」。コーチが怖い、友だちと気まずい。プレー以前のところでしんどい。
よっつ目は、「本当に、もう興味がない」。心が別のものに向いている。
この四つは、ぜんぶ「やめたい」という同じ言葉で出てくるのに、必要な対応がまるで違います。疲れているなら休ませればいい。比べてつらいなら見る基準を変える。人間関係なら大人が間に入る。本当に興味がないなら——それはまた別の話です。
「奪われる」と「選び直す」は違う
ここで、僕自身の経験を少しだけ。
僕は昔、自分の意志とは関係なく、大好きなバスケットを一度続けられなくなったことがあります。体のことで、選ぶ余地もなく、止まらざるをえなかった。あれは本当につらかった。
その経験があるから、僕ははっきり思うんです。自分で「やめる」かどうかを選べるって、実はすごく恵まれたことなんだ、と。奪われるのと、選び直すのは、まったく違います。
だから僕は、「やめる」を頭ごなしに悪いこととは思っていません。ちゃんと中身を見て、本人と話して、その上で「一回離れてみよう」と選ぶなら、それも立派な決断です。続けることだけが挑戦じゃない。自分に合うものを選び直すのも、挑戦です。
問題なのは、「やめる」かどうかじゃなくて、よく分からないまま、なんとなく逃げるように消えていくこと。それだけは、もったいない。
すぐ「やめさせる」もしない
ここは誤解されたくないところです。「説得をやめる」と言いましたが、それは「即やめさせる」という意味でもありません。「やめたい」と言われて「いいよ、やめな」と即答するのも、聞いていないのは同じです。
僕がおすすめしているのは、その間です。まず聞く。奥の理由を分解する。そのうえで、「じゃあ、あと三回だけ行ってみて、それでも同じ気持ちか、もう一回話そう」と、小さな期限を区切る。
疲れているだけなら、その三回の間に気持ちが戻ることもある。本当に合っていないなら、三回行っても答えは変わらない。
大事なのは、その判断を親が一人で下さないことです。子どもと一緒に並べて、一緒に決める。「やめる・続ける」を子ども自身が選んだ経験は、それ自体が大きな育ちになります。
やめ方にも、育成がある
僕は、続け方と同じくらい、「やめ方」にも育成があると思っています。
なんとなく来なくなって、なんとなく終わる。これだと、子どもの中に何も残らない。でも、「ここがしんどかった」「でも、これは楽しかった」「次はこっちをやってみたい」。そうやって自分の言葉で区切りをつけられたら、たとえやめても、その経験はちゃんと次につながります。
だから、子どもが「やめたい」と言ったら、焦らないでください。それは、あなたの育て方が間違っていたサインじゃない。子どもが、自分の気持ちをちゃんとあなたに言えたサインです。それは、すごくいい関係だということです。
僕も、その日に備えている
正直に言うと、さっきの運動教室は「多すぎ」がはっきりしていたから、わりと落ち着いて整理できました。でも、もし本当に好きでやっているものを「やめたい」と言われたら——ダンスか、そろばんか、もしかしたらパパのバスケかもしれない——その時は、たぶん、めちゃくちゃ動揺します。
その時、僕がちゃんと、説得から入らずに、まず聞けるか。奥の理由を、一緒に見られるか。たぶん、めちゃくちゃ動揺します。コーチとして人には偉そうに言っていても、自分の子のことになると、冷静じゃいられない。でも、その日のために、今日の話は、自分自身にも言い聞かせているつもりです。
まず、説得をやめて、聞く。「やめたい」の奥を、一緒に見る。そこから始めれば、続けるにしても、選び直すにしても、その子の挑戦は止まりません。
挑戦する子は、環境で決まる。「やめたい」と言える環境も、その大事な一部です。
今日の話が、今まさに「やめたい」と言われて、どうしようか迷っている、どこかの親御さんに——そして、未来の僕自身に——届いたら嬉しいです。
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「やめたい」と言われた時、奥の理由を一緒に分解する声かけは、慣れないと難しいものです。
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